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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)44号 判決

原告

田尻博一

山口健

山下正子

坪井修

右四名訴訟代理人弁護士

岩佐英夫

藤田正樹

被告

城陽市長

今道仙次

右訴訟代理人弁護士

立野造

上原洋充

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、城陽土地開発公社(以下「公社」という。)との間で、別紙物件目録一ないし一〇記載の土地(以下「本件土地」という。)を三億九六四四万七四二五円を超える価格で取得する契約の締結及び右金額を超える売買代金の支出(以下「本件各行為」という。)をしてはならない。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、城陽市が、公社から本件土地の取得を予定していることに関し、城陽市の住民である原告らが、城陽市長である被告に対し、右取得行為は裁量権を濫用若しくは逸脱する違法な行為であるとして、右取得に関する契約の締結及びこれに基づく公金支出の差止を求める住民訴訟である。

二  前提事実(争いのある事実については末尾に証拠を掲記する。)

1  当事者等

(一) 原告らは、城陽市の住民であり、被告は、城陽市長である。被告は、地方自治法二四二条の二第一項一号の「当該執行機関」に該当する。

(二) 公社は、公有地の拡大推進に関する法律(以下「公拡法」という。)に基づき、「都市の健全な発展と秩序ある整備を促進するために必要な土地の先買いに関する制度の整備、地方公共団体に代わって土地の先行取得を行うこと等」を目的として設立されたものであり、理事長は被告である。

(三) 城陽市議会各会派幹事会(以下(「幹事会」という。)

城陽市議会の内には、昭和六〇年七月一日に制定された城陽市議会各会派幹事会規程(乙七二)に基づき設置された幹事会がある。

この会は、各会派の連絡調整を図り、もって議会活動の円滑かつ能率的な遂行に資することを目的とし、議長・副議長および各会派の幹事をもって組織されている。そして、この会の招集および議事の整理は、議長が行い、協議事項は、①議会運営以外の各会派の連絡調整に関すること、②議会の諸行事に関すること、③その他議長が必要と認めたことである。

(乙三四、被告本人、弁論の全趣旨)

(四) 城陽市の組織

(1) 本件は、後記のとおり、埋蔵文化財の保護に係る土地買収が問題となった事案であるが、城陽市における文化財の保護に関する事務は、城陽市教育委員会社会教育課文化財係の担当であり(城陽市教育委員会事務局組織規則六条(乙七七))、用地取得に係る事務は総務部用地管財課用地係の担当である(城陽市組織条例二条(乙七八)、城陽市組織規則二条(乙七九))。

(2) 被告は、城陽市の事務全般を統括し、城陽市を代表する(地方自治法一四七条)。そして、城陽市の事務全般の最終責任者として、総合的判断を行う。

なお、予算の調製権及び予算議案の提出権は、被告の専権である(同法一一二条一項、一四九条一号、二号)。

2  本件土地

本件土地は、芝ヶ原一二号墳(以下「本件古墳」ともいう。)を含む、別紙図面のうち赤線で囲まれた範囲(公簿面積5554.31m2)の土地であって、そのうちの本件古墳部分(約六六〇m2)は、別紙図面の斜線部分である。

ところで、城陽市寺田大谷二六番―七〇の土地は公衆用道路であるが(昭和六一年五月二六日頃から)、右土地は、本件古墳部分と隣接している。そして、本件土地は、その外に公衆用道路と接しておらず、本件古墳部分は、本件土地のいわば入口部分にあたる。

3  城陽市内の遺跡(埋蔵文化財)と本件古墳

城陽市内には多くの遺跡(埋蔵文化財)があり、昭和六〇年版「京都府遺跡地図」には、一六一の遺跡(埋蔵文化財)が登載されている。その種類は、古墳・集落跡・寺院跡・城館・官衙などである。その時期は、旧石器時代から中世まで(約一万年前から約四〇〇年前まで)に及ぶが、そのうち主要な遺跡(埋蔵文化財)は、古墳時代から奈良時代まで(約一七〇〇年前から約一二〇〇年前まで)のものであった。芝ヶ原一二号墳は、一三基の古墳からなる芝ヶ原古墳群のひとつである。芝ヶ原古墳群は、従前、比較的保存状態のよい古墳群であったが、そのうち一〇号墳および一一号墳は、昭和六〇年三月頃、開発業者によってほとんど破壊され、一三号墳は、開発業者の協力により、その墳丘部分が城陽市に譲渡され保存されている(甲四六)。

本件古墳は、弥生時代から古墳時代の日本最古級の古墳と評されており、同古墳からは、車輪石形銅製品・四獣鏡・玉類などが出土している。

4  埋蔵文化財保護制度

(一) 周知の埋蔵文化財包蔵地における土木工事等の規制

本件古墳は、芝ヶ原古墳群の一つとして周知であり、本件土地の当該部分は、周知の埋蔵文化財包蔵地(文化財保護法五七条の二第一項)に当たる(当事者間に争いがない)。

そこで、本件古墳部分の土地に土木工事等を行う場合、事業者は、その着手の六〇日前までに文化庁長官に届け出なければならない(同項)。そして、届出を受けた文化庁長官は、埋蔵文化財の保護上、特に必要があるときは、届出に係る土木工事等に関し必要な指示をすることができる(同第二項)。

この指示は、いわゆる行政指導であり、事業者を法的に義務づけるものではない。すなわち、右届出を行わない者や届出に対する文化庁長官の指示に従わない者に対する罰則はない。また、右指示は、文化財保護法五七条の場合と異なり、届出に係る土木工事等の禁止、中止、停止に当たる事柄を内容とすることはできない。

実際に行われている指示としては、①重要な埋蔵文化財に係るため工事等の計画の全部若しくは一部変更による、埋蔵文化財の保存を求めるもの(現場保存)、②工事前に発掘調査を行い調査記録の保存措置をとるように求めるもの(記録保存)等がある。

行政当局が、行政指導として、右①か②のどちらを選択するかは、文化財保護行政の観点からは、現場保存の方が望ましいが、個々の事例ごとに、当該埋蔵物の学術的重要性や事業者の協力の程度等を鑑みて判断することとなる。

そして、行政指導は法的強制力を持たないこと及び事業者の財産権の保護の観点から、右①、②のいずれの場合も、行政当局は、事業者に協力と理解を求め、ある程度の了解を得たところで行うことになっている。

文化庁長官が、右②の記録保存を選択した場合、一般に、行政指導としては、事業者に発掘調査を行わせる旨の指示をしているが、発掘調査には専門的な知識経験が必要であるところから、実際には、事業者が地方公共団体あるいはその附属団体に右調査を委託している。

そして、右調査に要する費用は、原因者負担の見地から当該事業者の負担とされている。

(二) 現場保存の方法

開発事業との調整の結果、現場保存することとされた埋蔵文化財包蔵地の現場保存の方法は、文化財保護法により史跡に指定され保存管理される場合、地方公共団体の条例により史跡指定が行われる場合、地方公共団体が任意に買収するなどして事業地内の空間地や緑地等の形で残される場合がある。

本件は、後記のとおり、地方公共団体が任意に買収し、その後に史跡に指定し管理保存するという方法が採られている。

(三) 現場保存としての史跡等指定及びその仮指定

(1) 史跡等指定(文化財保護法六九条一項)及び史跡等仮指定(同法七〇条一項)は、法律の強制力に基づき、埋蔵文化財を現状のままで保護できる制度である。

(2) 史跡等指定は、古墳等のうち、わが国の歴史の正しい理解のために欠くことができず、学術上の価値が高いものについて(特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準(昭和二六・五・一〇文化財保護委告示)、文部大臣が、あらかじめ文化財保護審議会での諮問をえて行う(同法八四条の二第一項第五号)。この場合、地権者の同意は不要であるが、実務上は、地権者に行政指導を行い、地権者の了承をえて実施する。

史跡等指定を受けた古墳等は、文化庁長官の許可がなければ、現状を変更すること等ができなくなり、埋蔵文化財の保護が図られる(同法八〇条)。

(3) 史跡等仮指定は、都道府県教育委員会が、史跡等の指定が行われる以前に、緊急の必要があると認めるときは、史跡等の仮指定ができるとされている。この場合も、地権者の同意は不要であるが、実務上は、同人が、ある程度、史跡等の保護に理解を示し、協力が得られる目処が立ったところで行われている(甲四八ないし五五、乙八〇、八一)。

史跡等の仮指定の目的は、史跡等の指定が、緊急の事態に対応するための手段としては、主として時間的な面で即効性に欠けるおそれがあるので、緊急を要する事態に対処するためであり、現地の状況を最も早く把握し、事態の変転に応ずることのできる立場にある都道府県の教育委員会に、史跡等仮指定の権限を法律上委任したものである(機関委任事務)。

(四) 文化庁長官の行政指導(同五七条の二第二項)と教育委員会の行政指導の関係

前記のとおり、周知の埋蔵文化財包蔵地における土木工事等の規制の建前は、文化庁長官が、土木工事等の届出を受け、それに基づいて行政指導をすることになっている。

しかし、文化庁が各地域の多数の埋蔵文化財の情報を常に把握することは不可能なことから、実際には、通常、事業者と教育委員会との事前接触によって、行政は運営されている。

すなわち、右土木工事等の届出は、最初に都道府県教育委員会に提出することになっており(同法一〇三条)、同委員会が、その届出書を文化庁長官に進達するに際しては、同委員会が意見を付することになっている。そこで、同委員会および市町村教育委員会は、文化庁長官の行政指導より前に、その際事業者と協議し、協力を求め、行政指導及び調整をしてしまう。

文化庁長官の行政指導は、原則として、右事前調整等を受けて、それを追認する形で行われるが、協議不調の場合、協定内容に不備がある場合等、右事前調整等に問題があるときは、各教育委員会を指導して事態の解決または協議結果の是正を図り、ときには自ら積極的な形で行政指導を行う。

(公知な事実(内田新・文化財保護法概説「自治研究五九巻四号以下」、椎名慎太郎・精説文化財保護法、児玉幸多、仲野浩・文化財保護の実務))

5  本件古墳保存のための買収交渉の経緯

(一) 昭和六一年四月ころ、京申住宅株式会社(以下「京申住宅」という。)が京都府知事に対し、本件古墳を含む本件土地につき開発行為の許可申請をしようとした際、京都府教育委員会(以下「府教委」という。)は、文化庁の指導の下に、本件古墳につき事前発掘調査をしたが、その一応の調査が終わった段階で、本件古墳は、日本最古級の古墳と評価され、城陽市民等の間に本件古墳の保存を求める気運が高まった。

(二) そこで、城陽市においては、本件古墳を保存する方向で検討を進めていたところ、同年七月三〇日、京申住宅は、被告に面談を求めた上、被告に対し、本件土地を買収するか、本件土地の開発を認めるかの決断を迫り、調査期間の延長を拒否する態度に出た。

(三) そこで、被告は、本件古墳の保存のためには、本件土地(本件古墳部分又は全部)を買収するほかはないと判断し、京申住宅との間で、その買収交渉を重ねたが、結局は、京申住宅の要求する買収条件を受け入れるほかなかったため、同年八月一八日、京申住宅との間において、本件土地を城陽市が公社を通じて代金五億四〇〇〇万円で買収する旨の合意(以下「本件合意」という。)をするに至った。

(以上につき、乙一ないし三一、三九ないし五〇、八二、被告本人)

6  債務負担行為(契約の締結)と公金の支出

(一) 本件各行為がなされることの相当の確実性(地方自治法二四二条一項、同二四二条の二第一項)

昭和六一年八月一九日、城陽市議会は、公社の本件土地購入事業資金借入金に対する損失補償の件に関する債務負担行為(限度額五億四〇〇〇万円に利子及び事務費を加算した額)の議決を行い、それを受けて、同月二二日、城陽市と公社の間で、本件土地の先行取得等委託契約(以下「本件委託契約」という。)が締結され、同月二五日に、公社は京申住宅から、総額五億四〇〇〇万円で本件土地を買収している。

そうすると、城陽市は、公社から本件土地を取得する法的義務を負っているのであって、本件各行為は、やがて行われることが相当な確実さをもって予測される。

(甲五ないし一四、乙三三、三七、五一ないし五八、七四ないし七六)

(二) 回復困難な損害を生ずるおそれ(地方自治法二四二条の二第一項)

昭和六一年八月一日時点の本件土地の宅地見込地としての鑑定価格は三億九六四四万七四二五円であり、本件で城陽市が公社から本件土地の購入契約を締結し、その代金として公金を支出しようとしている金額は、利子及び公社の事務費を含めると五億四〇〇〇万円以上となり、一億四三五五万円以上の差額がある。この金額は、城陽市にとっても多大な金額であるし、本件各行為の差止が認められず、事後に被告に対して損害賠償を請求した場合、いくら被告が市長であるといっても、通常、容易に資金調達できる金額ではない。

したがって、本件は、事前に差止を認めなければ、回復困難な損害を生ずるおそれがある。

(弁論の全趣旨)

7  監査請求

原告らは、昭和六二年八月一一日、地方自治法二四二条一項に基づき、城陽市監査委員に監査請求をしたが、同監査請求は棄却された(乙三二)。

三  原告らの主張

1  本件合意の違法

(一) 交渉の際の職務懈怠

被告は、本件土地の買収交渉に際し、埋蔵物等の保存、買収方法の検討並びに交渉相手の人物、資産状態及び要求を十分に、調査、検討してから、相手方と交渉すべきであるにもかかわらず、これを怠り、その結果、法外な価格を強要する相手に屈伏して本件合意をした懈怠がある。これは、善管注意義務違反(民法六四四条)、不法行為(民法七〇九条)及び地方財政法四条一項の「必要且つ最低限度」の原則違反に該当し、違法であって、右違法性は、本件各行為の違法性として承継される。

被告の職務懈怠を詳述すれば、次のとおりである。

(1) まず、公拡法六条一項によれば、公拡法四条一項の届出又は同条三項によりこの届出とみなされる国土利用計画法(以下「国土法」という。)二三条一項による届出があった場合、知事は当該土地の買収を希望する地方公共団体等の中から買収協議をする地方公共団体等を定め、当該地方公共団体等が買取りの協議を行う旨を前記届出をした者に通知するものとされ、公拡法六条四項によれば、右通知を受けた者は、正当な理由がなければ、当該通知に係る土地の買取りの協議を行うことを拒んではならないものとされている。

そして、本件土地は、昭和六一年八月一三日に行われた松本實平(以下「松本」という。)から京申住宅(代表者奥田忠昭)への譲渡について、国土法二三条一項の届出がなされており、城陽市は、本件土地の買取りを希望して右公拡法の定める協議を行えば、本件土地について、松本と優先的に売買契約を締結し、安価でその所有権を取得できる機会があった。しかるに、城陽市長である被告は、自らこれを放棄しており、被告の職務懈怠は明らかである。

仮に、本件土地の所有者が京申住宅であるとしても、登記名義人は松本であったから、京申住宅は松本の意向に従わなければならない関係にあり、被告は松本の協力を得て、京申住宅との交渉を優位に運べたはずである。

(2) 城陽市は、本件土地のうちの本件古墳部分だけではなく、その余の土地を含む本件土地全体を買収することとなった。これは、京申住宅が、その余の土地だけでは袋地となって住宅開発ができないと主張したためであるが、実際には、その余の土地だけでも開発可能であり、京申住宅の主張は理由がなかったのである。しかし、被告は、本件土地の開発可能性、本件土地周辺の状況、過去における埋蔵物等包蔵地の保存及び買収方法等を調査して、京申住宅の右主張の真偽を確かめることもなく、京申住宅の不当な要求に屈伏したのである。

(3) 本件土地は、松本を権利者とする譲渡担保に供されており、京申住宅が、本件土地を譲渡するためには、京申住宅は、松本にその被担保債務を弁済しなければならなかった。ところが、京申住宅自身には信用がなく、城陽市が信用保証しなければ金融機関は融資しない状態であった。そこで、被告は、城陽市が信用保証することを条件として、本件土地代金の値引を求めることができたはずである。にもかかわらず、被告は、京申住宅及び代表者奥田忠昭の素性、資産状態等を調査しておらず、また、奥田とそのような交渉も行っていない。

(二) 本件合意内容の違法

被告は、京申住宅と、本件土地を公社を通じて鑑定価格の三割六分の割増価格で買収する旨の本件合意をしている。しかし、地方公共団体の長は、「必要かつ最小限度」の原則(地方財政法四条一項)に基づき、鑑定価格の限度で、土地を購入すべきであるから、本件合意においても右限度の範囲で合意すべきであった。

特に、本件土地のうち、本件古墳部分は、文化財保護行政上、買収する必要性が認められるが、その余の土地部分は、城陽市が取得する必要のない土地である。そこで、少なくとも、その余の土地部分については、鑑定価格を上回る割増価格で買収する必要はなかった。

したがって、本件合意は違法であるから、本件合意に基づき行われる本件各行為も違法となる。

2  議会に対する説明義務違反

本件委託契約は、城陽市にとって債務負担行為に当たり、議会の議決が必要である(地方自治法九六条一項二号)。そして、市長は、議決案件を提出するに際し、その内容を説明しなければならない。ところが、本件では議決の際、被告は、本件土地の鑑定価格と公社が購入する価格の差などの本件委託契約に関する重要事項につき説明しなかった。これは、被告が、京申住宅との合意を履行するために、議会の議決をなんとしても得たいがために、議員の適正な判断に必要な重要事項につき説明しなかったものであり、説明義務に反する。

そうすると、右議決およびこれに基づく本件委託契約も違法無効となり、本件委託契約と密接不可分な本件各行為も違法となる。

四  被告の主張

1  本件合意の違法

(一) 交渉の際の職務懈怠

被告は、本件土地の買収交渉に際し、本件古墳を保存するため最善を尽くしており、被告に職務の懈怠はない。

(1) 原告らは、公拡法六条一項に基づく、当該届出等をした者との協議を利用して、城陽市は、安価に本件土地を買収できたはずであると主張する。

しかし、昭和六一年八月一三日付の国土法及び公拡法の規定により届出は、形式的には、譲渡人松本、譲受人京申住宅となっているが、本件土地の所有者は、当初から京申住宅であり、松本は譲渡担保権者に過ぎず、松本から京申住宅への本件土地の譲渡は、右担保権の消滅に基づくものに過ぎない。したがって、城陽市が先買権を行使する余地はなかったのであるから、被告が、京申住宅を本件土地所有者として、本件土地の買収交渉をしていたことについては、なんら責められる点はない。

また、右先買権の行使ができる土地は、公共事業に供する目的がなければならないが、当時、本件土地については、本件古墳部分を除いて事業予定はなく、先買権の行使ができる余地はなかった。

(2) 原告らは、本件古墳部分だけの買収が可能であったと主張するが、京申住宅は、実際に、本件古墳部分だけの買収に応じなかったのであり、そのため、被告は、本件古墳を保存するため、本件土地全体を買収せざるを得なかったのである。

(3) 原告らは、被告は、金融機関から融資を得られない京申住宅に対して、信用保証の便宜を与えることを条件として、本件土地代金の値引きを求めることができたのに、そのような交渉を全く行っていないと主張する。

しかし、城陽市が京申住宅の信用保証するなどということは、同市において全く予定していなかったことであり、また、実際にこれが実行されたということもない。

したがって、原告らの右主張は、前提において失当である。

(4) 原告らは、被告が京申住宅との交渉に当たり、本件古墳につき史跡の仮指定の申請を行うなどの十分な準備を怠ったため、その不当な要求に屈伏することになったと主張する。しかし、本件古墳の保存を求める市民の要望が高まる中、京申住宅は、本件土地全体の買収か開発かを毎日迫っており、被告としては、短い期間内に本件土地全体の置収を決断せざるをえない状態であった。

なお、史跡の仮指定は、府教委の権限であって、府教委は、本件古墳につき職権で仮指定をすることができたところ、その独自の判断でこれをしなかったものであるから、この点につき被告の責任はない。

したがって、被告が、十分な交渉準備や買収条件の検討ができないまま本件合意をしたからといって、直ちに被告の右対応が違法になるものではない。

(二) 本件合意内容の違法

被告は、市民からの強い要望もあって、是非とも本件古墳を保存しなければならないと考えていたが、京申住宅は、本件古墳を含む本件土地を、城陽市若しくは公社が買い取らなければ、本件古墳を破壊して土地開発を強行する旨被告に迫っていた。

ところで、文化財保護行政においては、実務上、古墳の保存は、地権者の同意を得てこれを図るように指導されており、地権者の協力が得られない場合、緊急に古墳を保存するための法律上の有効な手段はなかったから、被告としては、本件古墳の保存のためには、一刻も早く本件土地を買収せざるをえなかった。

したがって、被告が、京申住宅との間において、本件土地を鑑定価格を上回る価格で買収する旨の本件合意をしたことは、違法ではない。

2  議会に対する説明義務違反

本件委託契約に基づく債務負担行為について議会の議決を得るに際し、被告は、城陽市議会各会派幹事会の開催を求めて、本件土地買収についての説明を行い、かつ、議会においても同様の説明を行った上、議決を得ている。

したがって、各議員は、本件問題を十分に理解して右議決をしたのであり、被告には、原告ら主張の説明義務違反はない。

五  争点

本件各行為の違法性(地方自治法二四二条の二第一項一号)

1  本件合意の違法

2  議会に対する説明義務違反

第三  争点の判断

一  本件合意の違法(争点1)について

1  争点1の違法事由

(一)  本件の争点は、本件各行為の違法性であるが、原告らは、前記のとおり、本件合意の違法事由を主張するもので、本件各行為の固有の違法事由を主張するものではない。

(二)  そこで、原告らの主張する、本件合意の違法が本件各行為を違法ならしめるか否かが問題となる。

この点については、本来、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求が認められるためには、右差止の対象行為に固有の違法事由のあることが必要というべきである。

しかし、本件合意と本件各行為との間には、次のような密接不可分な関係が認められるから、例外的に、本件合意の違法が本件各行為を違法ならしめると解するのが相当である。

すなわち、前提事実5、6によれば、被告は、本件古墳の保存のために城陽市において京申住宅から本件土地を買収することを決定し、自ら京申住宅と買収の条件につき交渉して、本件合意をした後、公社を通じて本件土地を買収するため、城陽市を代表して、公社との間で、本件合意に沿った内容の本件委託契約を締結したこと、公社は、本件委託契約の履行として、本件合意に係る条件に従って、京申住宅から本件土地を買収したこと及び城陽市は、本件委託契約に基づき、本件土地を公社から買い取るべき義務を負ったことが明らかである。

そうすると、本件合意、本件委託契約、公社による本件土地の買収及び本件各行為は、城陽市が本件土地を買収するための一連の行為であって、本件合意の内容は、本件各行為と密接不可分の関係にあり、被告が京申住宅と交渉し、直接城陽市が本件土地を買収するのと大差ないということができる。

(三) ところで、原告らは、本件合意の交渉段階における違法事由として、委任契約に基づく善管注意義務違反、不法行為の成立を挙げる。

そして、原告らの主張する委任契約に基づく善管注意義務違反の事実とは、地方公共団体の長(以下「長」という。)が、同団体と委任関係にあり、受任者として善良な管理者としての義務を履行しなければならないところ、その義務を尽くさなかったこと(債務不履行)をいうものと解される。

しかし、長について、右債務不履行責任を問題とするためには、その前提として長が私法上の債務を負っていることを要するが、長と地方公共団体との間で個別具体的に委任契約を締結した場合は格別、そのような特段の事情がない限り、長がその地位にあることのみをもって地方公共団体と委任契約があるとする理由はなく、そうすると、被告について、原告ら主張の右善管注意義務が問題となることはない。

また、原告は、被告の前記交渉における職務懈怠は、民法上の不法行為を構成すると主張するが、民法上の不法行為は、本来、金銭賠償による損害填補の法理(民法七〇九条、七二二条一項、但し、民法七二三条参照)であって、差止請求(地方自治法二四二条の二第一項一号)の要件としての違法性と不法行為における違法性とは質的に異なり同列に扱えない。

したがって、民法上の不法行為法から、直ちに、本件合意、ひいては本件各行為の違法性を裏付けることはできない。

(四) そもそも、地方公共団体が財産を取得するに際して、取得する対象や対価についての判断を具体的に規制する法令は存在しない。原告らは、本件合意の交渉段階には、地方財政法四条一項の「必要且つ最低限度」の原則違反があると主張しているが、この点については、次のように考えられる。

すなわち、この地方財政法四条一項は、地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならないと規定し、他に、地方自治法二条一三項には、地方公共団体はその事務処理に当たって最小の経費で最大の効果を挙げなければならないと規定しているが、これらの規定は、財産の取得及びそれに伴う予算の執行は、個々の具体的な事情に基づいて、最も少ない額でもって目的を達するように努めるべき執行機関に課された当然の義務を示したものであって、地方公共団体が行う財産の購入等について具体的な規制をするものではない。

そして、土地の取引価格は、社会的、経済的な要因に由来する複雑多岐な要素に基づき、かつ、当該取引における当事者の個別的、主観的な事情によって決定されるものであって、大きく変動する性質のものでもあることに鑑みると、当該土地を取得すべきかどうか、とりわけその対価がどうであるべきかについては、地方公共団体の長に広範な裁量権があるものと解される。

したがって、必要により当該財産を取得する場合には、適正価格よりも高価で取得しても直ちに違法とはいえないのであるから、取得する必要もないのに、当該財産を適正価格よりも著しく高価で取得したというような、裁量権行使が逸脱ないし濫用にわたると認められる場合に、はじめて違法になるものと解される。

そうすると、本件の場合、本件合意の内容が、本件土地を取得する必要がないにもかかわらず、特段の理由もなく、当時の適正価格よりも著しく高価で取得する旨の合意をしたなど裁量権の行使が逸脱ないし濫用にわたると認められる場合にはじめてこれが違法となり、ひいては、本件各行為が違法なものとして、差止の対象になるものと解される。そして、右事情の有無を判断するについては、単に、本件合意に係る買収価格(公社に買収させる価格であり、その後の城陽市の買取価格)が、当時の客観的な適正価格を超えているか否かだけではなく、本件合意に至る交渉経緯及び本件土地の主観的客観的価値等を総合的に検討しなければならない。

(五) そこで、以上の見地から、以下、原告ら主張の本件合意の違法事由の有無について判断することとする(なお、原告らは、地方財政法四条一項の「必要且つ最低限度」の原則違反を、交渉段階における職務懈怠の問題と、本件合意内容の問題とに分けて主張しているが、両者は密接に関係するから、これを一体として判断する。)。

2  事実認定

(一) 京申住宅による本件土地等取得の経緯

証拠(甲一、五ないし一四、三四、三五、三七、乙六二、六四ないし六六、証人奥田忠昭、同河崎悟)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和六〇年一二月頃、東洋物産株式会社(以下「東洋物産」という。)は、予てより田島貞から購入予定の土地を他に転売しようと計画して、河崎悟にその仲介を依頼していたところ、同人の仲介により、昭和六一年二月一三日、京申住宅との間で、次の土地を合計九九四九万二〇〇〇円(坪当たり一二万円)、引渡日は同年五月一三日とする売買契約が成立した(当初、引渡日は、五月三〇日であったが、東洋物産が田島貞から右土地の引渡を受ける日が右同日から五月一三日に変更されたため、それに伴い、京申住宅が引渡を受ける日も一三日に変更された。)。

別紙物件目録三、五、七ないし一〇記載の土地、城陽市寺田大谷二六番―七〇の土地

(2) 同年四月頃、東洋物産と京申住宅とは、右土地の外、その周辺地域を含めて、一括開発することを企て、東洋物産は、次の土地を右売買の対象に加えることにし、次のA物件については坪当たり一二万円、同B物件については坪当たり一五万円で、京申住宅に売却することとなった。

Aの物件 別紙物件目録六記載の土地

Bの物件 別紙物件目録一、二、四、一一、一二記載の土地

(なお、以上により、東洋物産と京申住宅との右売買契約の全対象物件は別紙物件目録一ないし一二記載の物件となった。)

(3) 同じ頃、東洋物産は、河崎に田島貞への支払資金の調達の仲介を依頼した。

そこで、河崎は、資金調達を京申住宅に依頼したが、京申住宅は、南京都信用金庫から融資を拒否されたため資金調達できなかった。

(4) 同年五月初旬、河崎は、松本と面談し、八月一三日までに、本件土地を転売して金員を得られること及びそれまでは本件土地を担保に供することを告げて、資金調達を依頼した。

(5) 右翌々日、河崎と松本は、資金調達に関して次の合意をした。

① 債務者を転得者である京申住宅とし、松本は京申住宅に金員を貸し付けること

② 貸付金額に関しては、三億円を極度額として、松本が京申住宅に対し、右土地購入に必要な金員をその都度貸し付けること

③ 返済期限は、同年八月一三日とすること

④ 利息は、三〇〇〇万円とすること

⑤ 京申住宅が取得した土地は、松本に譲渡担保として提供すること

(6) その後、同年五月一三日までの間に、東洋物産は、城陽市寺田大谷二六番―七〇の土地を取得できないことが判明したため、同土地を前記売買契約の対象から除外し、代金総額は、二億四五一〇万八四〇〇円とした。

(7) 五月一三日、東洋物産は、田島から次の土地を取得して、自己に移転登記をした。

同時に、京申住宅は、東洋物産から、前記売買契約及びその後の変更契約により、右土地を取得した。

別紙物件目録一、二、四、五、七、八、一一、一二記載の土地

京申住宅は、右土地の登記名義を松本とし、譲渡担保に供した。

その際、松本は、南京都信用金庫から約二億円を借り、右土地に、自己を債務者とする根抵当権を設定した。

そして、京申住宅は、松本から二億四五一〇万八四〇〇円を借り、東洋物産に右同額を支払った。

(8) 同年六月二二日、東洋物産は、右五月一三日までに取得できなかった別紙物件目録六記載の土地を取得し、京申住宅に譲渡した。京申住宅は、右土地の登記名義を松本にし、譲渡担保に供した。

(9) 同月三〇日、東洋物産は、右五月一三日までに取得できなかった別紙物件目録九記載の土地を取得し、京申住宅に譲渡した。京申住宅は、右土地の登記名義を松本にし、譲渡担保に供した。

(10) 同年七月初旬、東洋物産は、右五月一三日までに取得できなかった別紙物件目録一〇記載の土地を取得できることとなったが、当時の所有者蔵貫太郎からの買値は、当初予定の坪当たり一二万円ではなく、一二万八九〇〇円となった。そこで、京申住宅と東洋物産の間でも、京申住宅が、東洋物産に、右一二万八九〇〇円に坪数を乗じた追加金五八万六八六六円を支払うこととなった。

(11) 同年七月一二日、京申住宅は、松本から五九万円を借り、右金員を東洋物産に支払った(この時点での京申住宅の借入金合計は二億四五六九万八四〇〇円となった。)。

(12) 同日、東洋物産は、別紙物件目録一〇記載の土地を取得し、京申住宅に譲渡した。京申住宅は、右土地の登記名義を松本にし、譲渡担保に供した。

(13) 同月二八日、東洋物産は、別紙物件目録三記載の土地を取得し、京申住宅に譲渡した。京申住宅は、右土地の登記名義を松本にし、譲渡担保に供した。

同日、京申住宅は、東洋物産から、前記B物件(別紙物件目録一、二、四、一一、一二記載の土地)の価格を坪当たり一五万円から一八万円に増額することを要求された。京申住宅は、やむなく、右代金増額による追加金二八一七万七八〇〇円を支払った。

この際、京申住宅は、松本から二七五八万二八〇〇円を借り受けた。

(この時点で、京申住宅の松本からの借入金総額は、合計二億五〇二五万円となった。)。

(二) 被告と京申住宅との本件土地買取交渉に至るまでの経緯

証拠(甲二、二三、ないし二六、三四、三五、三七、乙一ないし一九、三六、六四、八二、証人松本實平、同奥田忠昭、同河崎悟、被告本人その他各項末尾に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和六一年四月八日頃、本件古墳を含む本件土地を取得することとなった京申住宅は、城陽市に対し、本件古墳を含む山林(本件土地)につき宅地開発をしたいと申し出た。

これに対し、城陽市は、本件古墳を現状のままで保存する、いわゆる現場保存を要請したが、京申住宅は、これに応じなかった。

(2) 同月二二日頃、城陽市教育委員会(以下「市教委」という。)は、府教委、文化庁の指導の下に、本件古墳については、現場保存を諦め、記録保存することにし、事前発掘調査して記録を保存する旨を京申住宅に通知した(前提事実4(一)、(四))。

(3) 同年五月一三日、前記のとおり同日本件古墳部分を含む土地を取得した京申住宅は、城陽市との間で、城陽市を受託者、京申住宅を委託者、費用負担者を京申住宅とし、現地調査期間を同年六月二日から同年七月一五日までとする発掘調査委託契約(乙六一)を締結した(前提事実4(一)、(四))。

(4) 同月二六日、セキスイハウス株式会社は、城陽市に、本件土地と隣接し本件土地(特に、本件古墳部分)と公道を結ぶところに所在する城陽市寺田大谷二六番の七〇の土地を無償で譲渡した。その際、同土地は、公衆用道路への地目変更がなされた。

(5) 同年六月九日、市教委は、府教委、文化庁の指導の下に、事前発掘調査を開始した。

(6)昭和六一年七月五日、新聞は、本件古墳について、五世紀の小豪族の古墳ではないかと報道した(三八ないし四〇)。なお、京申住宅の代表者奥田忠昭(以下「奥田」という。)は、当時、右新聞を閲読している。

(7) 同月一四日、本件古墳の発掘により副葬品が出土したため、市教委は、本件古墳は、貴重な遺跡であると判断し、発掘調査の状況と内容につき、城陽市教育委員会教育長(以下「教育長」という。)が被告に報告をした。

(8) 同月一六日、新聞は、本件古墳から出土された土器には、久津川古墳群から出土された中で最古の土器があると報道した(甲四三)。

なお、奥田は、当時、右新聞を閲読している。

(9) 七月初旬頃から、京申住宅とプラザ産業株式会社との間で、本件土地の売買交渉が進行し、七月一八日、代金三億五二八〇万円で契約が成立した。

なお、京申住宅は、別紙物件目録一一、一二記載の土地については、別途自ら開発することとしていた。

また、右売買契約によると、プラザ産業から京申住宅への代金の支払日が九月三〇日となり、松本への返済期限である八月一三日には返済できなくなるため、右契約締結に遡り、京申住宅は松本との間で、京申住宅の松本への返済が九月三〇日に延びる場合には、利息を五〇〇〇万円とする旨の合意をしていた。

(10) 同月二二日、市教委と京申住宅は、本件古墳の現地調査の期間延長(七月二三日から八月九日まで)について合意した。

(11) この頃から、税金の滞納や岩城厚正からの借入金など多額の債務に悩んでいた京申住宅は、本件土地にある本件古墳の文化財としての価値が高いことから、城陽市に本件土地を高値で買い取らせれば、各種の債務を清算できるのではないかと考えるようになり、画策を始めた。

そして、本件古墳部分が、本件土地全体の公衆用道路からの入口部分に当たるうえ、別紙物件目録一一、一二記載の土地を他人に売却してしまえば、本件古墳部分を除く本件土地は袋地となってしまい開発が困難になるため、本件土地全体の買収を求めることができると考え、本件土地全体を城陽市に買い取らせるために、同月二五日、別紙物件目録一一、一二記載の土地を、上田繁に売却した。そして、京申住宅は、右土地を、何時でも買い戻せるように、上田繁と買戻の特約を結んだ。

なお、京申住宅は、右土地の売却代金で、松本への借入金のうち二三〇三万一〇〇〇円を弁済した。

(12) 同月二六日、城陽市は、本件発掘調査の成果を発表し、各種報道機関によって全国的に報道された。そして、右報道機関は、本件古墳を日本最古級の古墳と評した(乙二ないし六)。

(13) 同月二八日、プラザ産業は、城陽市の都市建設部へ開発事前協議願を提出した。

(14) 同日、被告は、記者会見で、できれば本件古墳を保存したいとの意見を表明した。

また、市教委は、府教委に対し、本件古墳を史跡として保存(仮指定を含む)したい意向を伝え、指導を依頼した。

しかし、府教委は、史跡指定の可否について、本件古墳が、既に過去の開発でその三分の二が破壊されていること、京申住宅が現場保存に同意していないことから、微妙であると予測を述べた。

(以上につき乙二〇)

(15) この頃から、多くの市民団体などから、本件古墳を保存するようにとの要望が相次いだ(乙七ないし一九、二六、二七)。

(16) 同月二九日、教育長・府教委文化財保護課記念物係長及び市教委社会教育課文化財係長の三名は、文化庁を訪れて、史跡指定要望書(乙六八)と調査官派遣要請書を提出した。

(17) 同年八月一日、市教委は、府教委、文化庁主任文化財調査官とともに、現地査察をした。そして、右調査官は、記者のインタビューに答え、「車輪石形銅製品は珍しい。主体部はよく残っていて幸いだ。墳丘は残りが悪い。史跡指定の要望書は受け取った。史跡指定より先ず残すことだ。残すことについて、国、京都府及び城陽市の三者で具体的方法を協議していきたい。文化庁も援助はする。」との意見を表明した。

そして、右調査官と城陽市関係者とが会談し、被告は、右調査官に、「古墳は何とか保存したいので、史跡指定についてお願いしたい。」旨を伝え、右調査官は、「市長の熱意を高く評価し、できるだけ援助したい」と回答した。

(以上につき乙二二)

(18) 同日、京申住宅は、本件土地を城陽市に高く買い取らせたいが、登記簿上の所有名義が松本にあることを危惧し、権利関係を明らかにするために、確約書を作成することを思いついた。そこで、京申住宅の提案により、京申住宅と松本は、確約書(乙三五)を作成した。

右書面には、次の記載がある。

① 京申住宅は、東洋物産から別紙物件目録一ないし一二記載の土地を買受けており、本件土地の所有者は京申住宅であること

② 右土地の残代金二億七千万円につき、京申住宅は松本から借受け、その担保として右土地の所有名義を松本としていること

③ 京申住宅と松本との間で、京申住宅が借入金と利息全額を支払うのと引換えに、松本は京申住宅に対して、右土地の所有権移転登記に必要な一切の書類を交付すること

④ 右利息の額は、京申住宅が、同年八月一三日に借入金を返済した場合は三〇〇〇万円、同年九月末日に返済した場合には五〇〇〇万円とすること

(三) 被告と京申住宅との本件土地の買収交渉の経緯

証拠(甲一、二、三二、三七の⑨、⑬、乙一、六二、六四ないし六六、証人奥田忠昭、同河崎悟、同大野木敏夫、同村瀬新一、被告本人、その他各項の末尾に記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 同年七月三〇日、京申住宅が、市長又は教育長に面談を求めてきたので、教育長が先ず面談した。

この際、京申住宅は、城陽市が本件土地を買収するか開発を認めるかを明らかにすることを求め、そうしないと、既に認めていた現地説明会の開催及び発掘調査期間の延長を拒否すると申し出た。教育長は、種々説明を行ったが、了解を得られなかった。

そこで、教育長は、被告の判断が必要と考え、被告に対し、右の事実を報告するとともに、京申住宅との面談を要請した。

同日、被告は、京申住宅と面談し、買収するか、開発を認めるかを早急に決めると述べた。そして、改めて、京申住宅から現地説明会の開催と発掘調査期間の延長の了承を得た(乙八二)。

(2) 同年八月二日、現場説明会が催され、約一八〇〇人が右説明会に参加した。この盛況ぶりに、益々、本件古墳の現場保存の要望が強くなった(乙二三ないし二五)。

(3) 同日、被告は、総務部長村瀬新一(以下「村瀬」という。)に対し、本件土地の境界線、面積、登記簿上の所有名義人等を調査し、本件土地買収の用意をするように指示した。

右指示を受けた村瀬は、不動産鑑定士に本件土地価格の鑑定を依頼し、本件土地につき登記簿を調査した。そうしたところ、本件土地の登記簿上の所有名義人が松本であることが判明した。

(4) 同月四日、京申住宅は、予てより城陽市に本件土地を高値で買い取らせることを企てていたが、本件土地について、既にプラザ産業と売買契約を締結していたことから、何とか右売買契約を解消しようとした。

そこで、京申住宅は、プラザ産業に対し、本件古墳から副葬品などが出土されて、保存運動が高まっていることから、本件土地は、もはや開発困難な土地であり、開発目的で購入したプラザ産業にとって利益にならないと説明し、手付け金三五〇〇円と違約金一〇〇万円をプラザ産業に支払って、プラザ産業との右契約を合意解除した(乙六七)。

(5) 同月五日、市教委は、京都府文化財保護課から、本件古墳の史跡仮指定について、府下には仮指定した例がなく、仮指定の場合も所有者らの協力と理解が必要であり、本件の場合開発業者への説得が先決であるとの指導を受けた。

また同日、村瀬は、概略の鑑定結果として、本件土地の価格が坪当たり二〇万円であって、二〇〇〇坪の土地全体の評価は約四億円である旨の回答を電話で受けた。

(6) この頃、連日にわたり、京申住宅は、城陽市に対し、本件土地全部を六億円で買収することを要求し、本件古墳部分のみの買収については、本件古墳部分は、本件土地全体の公衆用道路からの入口部分に当たり、その部分を売却しては、本件土地全体を開発できないとし、本件古墳部分のみの譲渡を拒否していた。

そして、京申住宅は、対応していた城陽市の関係者に対し、早急に、本件土地を買収しなければ、開発行為に着手して本件古墳を破壊する旨の強硬な姿勢を示した。

(7) 同月八日、村瀬は、書面により正式に、前記不動産鑑定士への鑑定依頼を行った。その鑑定評価書(乙三八)は、八月一五日付けで作成され、一八日に城陽市に提出された。右鑑定の結果(鑑定価格三億九六四四万七四二五円)は、村瀬が、被告に全て口頭で報告した。

(8) 同月九日、プラザ産業は、城陽市に対する本件土地の開発事前協議願を取り下げた。

(9) 同日午前、村瀬と市教委の委員は、京申住宅との間で、本件土地の買収交渉を行った。その際、村瀬が、京申住宅に対して、本件土地の登記簿上の所有名義は京申住宅ではなく松本であること、城陽市としては、松本と交渉する必要があると考えていることを告げたところ、京申住宅は、所有者は自分であって、本件土地の登記簿上の所有名義はいつでも京申住宅に変えられると反論した。

さらに、村瀬らは、本件土地を一括して四億円で買収したいと申し出たが、売値を六億円と主張する京申住宅は、これを拒否し、それ以上、話は進展しなかった。そのため、村瀬らは、被告に京申住宅との交渉を依頼した。

(10) 同日午後、被告と京申住宅は面談し、その際、被告が、登記簿上の所有名義は松本であるので、松本と話合う必要がある旨述べると、京申住宅は「確約書」(乙三五)を示して、真の所有者は京申住宅であり、京申住宅と買収交渉をするように要求した。そこで、被告は、自ら右書面を検討するとともに、そのコピーを、吉野助役、村瀬、その他の用地買収の関係者に渡し、検討させた。

その結果、被告らは、本件土地の所有者が京申住宅であることなど前記の確約書の内容を理解することができたので、被告は、京申住宅が真の所有者であるならば、買収までに本件土地の登記簿上の所有名義を京申住宅にすることを求める旨を述べ、京申住宅はこれを了承した。さらに、被告は、本件土地を四億円で買収したい旨述べると、京申住宅は、それを拒否したため、再度、価格について話し合うことになった。

(11) 同じ頃、京申住宅は、南京都信用金庫寺田支店に対し、融資を依頼したが、これを拒否されたため、同支店に対し、京申住宅は、近々、城陽市若しくは公社が、自己所有の本件土地を購入するから、借入金は直ぐ返済できる旨を説明し、同月一三日に融資をしてほしいと同信用金庫に再考を求めた。同信用金庫は、右の話を本店で検討するとして、回答を留保した。

(12) 同月一一日、被告と京申住宅は、面談し、その際、被告は、京申住宅に買収価格として四億四千万円を呈示したが、京申住宅は、依然として六億円を譲らなかった。

また、被告は、村瀬や教育長等を集めて会議を開き、本件土地の買収方針を確認し、買収に関して城陽市議会の意向を求めることとして、城陽市議会議長に、緊急城陽市議会各会派幹事会の開催を要請した。

(13) 翌一二日に緊急城陽市議会各会派幹事会が開催され、右幹事会において、教育長は、発掘調査の経過につき報告し、市長は、京申住宅との交渉の経過につき、次のとおり報告するとともに、右幹事会の意見を求めた。

すなわち、被告は、鑑定価格の坪当たり二〇万円を基礎に四億円以下で本件土地を買収したい旨の価格提示等を行ったが、京申住宅はこれを拒否し、価格は六億円と主張して一歩も譲らないこと、本件古墳は本件土地への入口部分に当たり、本件古墳部分の残地だけでは開発できないとして、本件土地全体の買収を請求されていることを報告し、京申住宅の要求する価格で買収してよいか意見を求めた。

右幹事会は、右報告を受けて、本件土地の買収価額につき協議し、被告に対して、本件古墳を是非とも保存するために努力すること、本件土地を六億円で買収することもやむを得ないが、粘り強く、なお京申住宅と買収価格の減額の交渉をすることを全員一致で求めた。

なお、右幹事会には、議長及び全会派(日本共産党議員団、市民クラブ、民社クラブ、自由民主党議員団、公明党議員団及び社会クラブ)の幹事又はその代表者が出席していた。

(以上につき乙三四、弁論の全趣旨) (14) 同日、被告は、京申住宅と連絡を取った上、京申住宅に対し、議会としても買収する方向であるが、六億円では応じられないことを告げ、買収価格の減額を求めた。

そうしたところ、京申住宅は、一割程度の減額を了承した。

(15) 同日、京申住宅は、南京都信用金庫から、明日、融資する旨の連絡を受けた。

(16) 翌一三日、岩崎助役及び村瀬は、南京都信用金庫からの本件土地の買収についての問い合わせを受けて、同信用金庫本店に出向き、それまでの経緯を説明した。そして、城陽市としても、本件古墳を買収して保存するためには、京申住宅が同信用金庫からの融資を得て、その資金により債務を弁済し、本件土地の譲渡担保を消さなければ、右買収計画は実現できないことを説明して協力を求めた。そしてさらに、岩崎助役は、城陽市は、本件土地全部を買収する方向であり、代表幹事会の承諾は得ている旨も説明した。

(17) 同日、京申住宅は、南京都信用金庫から三億五〇〇〇万円を借入れ、その金員で、松本からの借入金二億七〇〇〇万円を弁済し、譲渡担保を消滅させて、本件土地の登記簿上の所有名義を自己に換えた(甲五ないし一四)。

そして、京都府に対し、譲渡人を松本、譲受人を京申住宅とする国土法二三条一項の規定による届出及び松本名義の公拡法の届出が提出された。

そこで、京都府から、城陽市に対して、公拡法五条一項による先買権を行使するか否かを問い合わせがあったが、城陽市は、これを行使しなかった。

(18) 同日、被告は、記者会見をして、本件土地全体を市が購入することを発表した(乙四二ないし四九)。

(19) 同月一八日、被告は、京申住宅との間において、城陽市が本件土地を公社を通じ代金五億四〇〇〇万円で買収する旨の本件合意をした。その際、被告は、登記簿謄本によって、本件土地の登記簿上の所有名義が、本件土地の真の所有者である京申住宅になっていることを確認した。

(四) 本件合意成立後の経緯

(1) 同日一九日、城陽市の臨時市議会が開催され、被告は、債務負担行為の議案(第七四号昭和六一年度城陽市一般会計補正予算(第四号))、すなわち、公社の本件土地購入事業資金借入金に対する損失補償の件に関する第七四号議案及び市民から浄財を募るための城陽市芝ヶ原一二号墳保存基金条例を制定する条例についての第七三号議案を提出し、右各議案は、全員賛成で可決された(以下「本件議決」という。)(乙三三、三七、五一ないし五八、七三)。

(2) 平成元年九月六日、芝ヶ原一二号墳は、史跡指定を受けた(乙七〇)。

(3) 平成二年六月二九日、芝ヶ原一二号墳から出土された車輪石形銅製品、四獣鏡、玉類などが、重要文化財の指定を受けた(乙六九)。

3  争点(本件合意における被告裁量権の逸脱、濫用の有無)等の判断

(一) 前提事実4、前記2(二)、(三)認定の事実、各項記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 市教委の行政指導に基づく本件古墳の発掘調査中、本件古墳から学術的に貴重な土器等が発掘され、その度に、その事実が新聞報道された。

(2) その後、本件古墳は、国内でも最古級である可能性が高く、学術研究上貴重な古墳であることが判明し、市民からも本件古墳の現場保存の要望が高まった。

(3) 他方、当時多額の債務の返済に困窮していた京申住宅の代表者奥田は、本件古墳についての新聞報道を読み、本件古墳を破壊すれば、被告ら城陽市の関係者に責任問題が生じるであろうから、これを利用して、本件土地全部を城陽市に高値で買い取らせ、その代金で右債務を清算しようと企てた。

(4) 京申住宅は、被告に本件古墳部分のみを買収すると主張されたのでは、右計画どおりの取引ができなくなるため、本件土地のうち、本件古墳部分を除けばその余の土地部分が袋路になるようにするため、別紙物件目録一一、一二記載の土地を第三者に買戻特約付きで売却する画策をした。

(5) 本件古墳の発掘調査期間が終了すれば(終了日・昭和六一年八月九日)、本件古墳の保護を理由として城陽市が本件土地の開発計画を阻止することができなくなることから、京申住宅は、同年七月三〇日頃から、被告及び教育長に対して、発掘調査終了日を目処に本件土地を早急に買い取るように要求した。

(6) 同年八月初旬、京申住宅は、しばしば被告、教育長およびその他の関係者に対し、本件土地の早急な買収を要求し、交渉の席上、本件古墳部分だけではなく本件土地全体を六億円で買収しなければ、本件古墳を破壊すると強く迫った。

(7) 本件土地のうち前記その余の土地部分だけが残って袋地になったとしても、都市計画法開発許可に関する技術的基準(甲四四)及び城陽市開発指導要綱技術的指導基準(甲四五)に照して、同土地部分は開発が可能であるが、京申住宅は、本件古墳部分は、本件土地全体の公衆用道路からの入口部分に当たり、本件古墳部分を売却しては、本件土地全体を開発できないとして、本件古墳部分のみの譲渡を拒否し、被告を欺罔した(原告らは、本件交渉当時、被告は、本件土地のうち前記その余の土地部分が開発可能であることを知っていたと主張するが、原告らの右主張を裏付ける証拠はない。)。

(8) 被告は、不動産鑑定士に対し、本件土地価格について鑑定を依頼し、その鑑定価格を基準に交渉をしたが、京申住宅との合意に至らず、このままでは、本件古墳は破壊されるかもしれないと危惧した挙句、市議会各派幹事会の了解のもとに、京申住宅の要求を受け入れることとし、本件土地を城陽市が公社を通じ、鑑定価格を約三割六分超える五億四〇〇〇万円で買収する旨の本件合意をするに至った。

(9) ところで、本件古墳の埋蔵文化財を現場保存する方法としては、史跡等指定、史跡等仮指定及び任意買収の方法があるが、このうち、史跡等指定は、即効性に欠けるため、緊急に保存する手段としては不適当であり、史跡等仮指定については、都道府県教育委員会(本件では府教委)が独自にこれを行うものとされているところ、実務上は、地権者等が理解を示し協力が得られる目処がなければ、同委員会が右仮指定を行うことはない。本件においても、府教委は、地権者である京申住宅の理解と協力が得られなかったことから、その独自の判断により右仮指定を行うことを予定していなかったから、本件で現場保存を行うためには、任意買収が最適かつ唯一の手段であった(原告らは、史跡等仮指定を得られるように、被告はもっと努力すべきであったと主張するが、原告らの右主張は、右認定事実に照らして理由がない)。

(二)  以上の認定事実に加え、証拠(甲一八ないし二四、証人奥田、被告本人)及び前記2(二)、(三)認定の事実によれば、京申住宅は、本件土地をプラザ産業に一度は売却しながら、城陽市に売却した方が高値が付くと考えたため、プラザ産業との契約を解消して被告との交渉に臨んでいること、本件土地開発の準備の名目で本件古墳を破壊することは、法律上は問題もあるが事実上可能であること、京申住宅代表者の奥田は、国税及び地方税をしばしば滞納し、轢き逃げ事件を起こして刑事処分を受けるなど遵法精神に欠けていることが認められ、右認定の事実によれば、被告が、京申住宅のいい値どおり、鑑定価格(三億九六四四万七四二五円)の約三割六分の割増価格(五億四〇〇〇万円)で買収する旨の本件合意をしたこともやむをえなかったものと認めるのが相当である。

原告らは、本件土地のうち、本件古墳部分を除くその余の土地の部分は、城陽市が取得する必要のない土地であると主張するが、前記認定のとおり、埋蔵物文化財保護行政の観点から、本件古墳を保存する高度の必要性があったところ、本件古墳を保護するためには、本件古墳部分のみならず、これを含む本件土地全体を買収しなければならなかったことが認められる。したがって、原告らの右主張は理由がない。

そうすると、本件の場合、取得する必要もなく本件土地を著しく高価で取得する旨の合意をしたとは認められず、本件合意内容に裁量権行使の逸脱ないし濫用があったということはできない。

(三) なお、原告らは、昭和六一年になされた本件合意に係る本件土地の買収価格が不当に高額であると主張しているが、本件訴訟においては、本件各行為の違法性こそが本来問題であり、その本件各行為は、将来行われるものであって、右違法性は、その将来の時点における買収価格が、その時点における適正価格に比してこれを違法とするほど高額か否かこそが重要である。そうすると、本件合意がなされた昭和六一年当時と本件各行為の行われる時期との間に、相当の年月の経過が認められる(現時点においても、昭和六一年から八年以上経過している。)本件では、本件合意に係る本件土地の買収価格が、本件各行為が行われる時点においてこれを違法とするほど高額であるとは直ちにいえないから、原告らの右主張は、理由がない。

また、原告らは、公共用地の取得に対する補償金額は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(甲五六)及び「公共用地の取得に伴う損失補償基準及び公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」(甲五七)に従って行われた鑑定価格を上限とするものであり、本件の場合も鑑定価格を上限とすべきであると主張する。

しかし、公共用地取得の用地事務は、協議がまとまらなければ法的強制力をもって収用(土地収用法)することを後見とし、任意な買収という形を採りながら土地収用と同じ効果を上げる制度である。

したがって、全くの任意な交渉による本件の買収と同列に扱うことはできず、原告らの主張は前提において理由がない。

(四) 原告らのその余の主張に対する検討

(1) 原告らは、城陽市は、公拡法六条一項の先買権の行使を怠ったと主張する。

前記2(一)、(三)認定の事実によれば、昭和六一年八月一三日、本件土地について、松本から京申住宅へ譲渡がされたとして国土法二三条一項の届出がなされていること、しかし、当時、松本は譲渡担保権者に過ぎず、本件土地の所有者は京申住宅であり、松本から京申住宅への右譲渡は、右担保権の消滅手続であったことが認められる。

ところで、地方公共団体に先買権が認められている趣旨は、地方公共団体による土地の有効な公共利用の促進のために、当該土地が有償で譲渡される場合に土地取得の機会を与えようとしたものである。そこで、外形上は譲渡であっても、担保権設定者が担保権を消滅させる趣旨で移転登記をするなどをしていることが明確になれば、地方公共団体は、先買権を行使できないと解するのが相当である。

そして、前記2(三)認定の事実によれば、被告は、確約書(乙三五)を調査、検討し、松本から京申住宅への譲渡は、担保権設定者が担保権を消滅させるものであると、正確に本件土地の権利関係を把握していたため、先買権を行使しなかったものと認められる。

してみれば、被告が先買権を行使しなかったのは、正当な行為であるというべきである。

なお、原告らは、本件土地の所有者が京申住宅であったとしても、登記簿上の所有名義人は松本であったから、京申住宅は松本の意向に従わなければならない関係にあり、被告は松本の協力を得て、京申住宅との交渉を優位に運べたはずであると主張し、証人松本は、原告らの右主張に沿う発言をする。

しかし、証拠(乙六五、証人松本、同奥田)によれば、松本は、奥田が本件土地売却に関して多額の利益を得たとして、奥田を妬み脅していた事実が認められ、同事実に照らして、松本の右証言は信用できない。

そのうえ、前記のとおり本件土地所有者は京申住宅であったから、被告としては、むしろ松本を先買権行使の協議から排除すべきであったのであり、松本に本件土地買収の協力を求めるのはいわば筋違いに等しい。

したがって、先買権の行使に関しては、その余について判断するまでもなく、被告に職務懈怠等を認める理由はない。

(2) 原告らは、被告は、金融機関から融資を受けられない京申住宅に対し、信用保証の便宜を与えることを条件として、本件土地の値引を求めることができたのに、被告は、その交渉を全く行っていないと主張する。

確かに、城陽市の関係者は、前記2(三)認定のとおり、南京都信用金庫に対し、京申住宅に融資をするように求めている。

しかし、融資の口添えをする代償として代金の減額を求めるということは、地方公共団体の長が土地の任意買収の交渉をする際に当然に行うべきことであるとはいえないし、また、そのようなことを認めるに足りる証拠もない。

(3) 原告らは、被告は、本件土地の買収交渉に際し、本件土地の開発可能性、本件土地の周辺土地部分の状況、過去における埋蔵物等包蔵地の保存及び買収方法等を全く調査検討していないと主張する。

これについては、確かに、証拠(証人大野木、同村瀬、被告本人)、前記2(三)、前記(一)認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

イ すなわち、本件土地のうち本件古墳部分を除くその余の土地部分だけでも土地開発は可能であるが、本件土地は、排水に問題があるため、このままでは本件土地は開発許可が下りず、確約書(乙三五)には、本件土地だけでなく隣接する別紙物件目録一一、一二記載の土地が京申住宅の所有地である旨の記載があった(前記2(二)(18)認定の事実)。

ロ しかし、本件土地のうち前記その余の土地部分が開発可能であるとの事実については、被告は、これを把握しておらず、しかも、自ら調査検討することも、職員に調査及び検討の指示をすることもないままで、京申住宅と交渉していた。

ハ そして、被告が職員に命じた調査等の内容は、本件土地の境界線、面積、登記簿上の所有名義人等の調査と本件土地の鑑定依頼に過ぎない。

右説示の事実によれば、被告は、本件交渉に際して、最善を尽くしたとは認めがたい。しかしながら、本件土地のうち前記その余の土地部分が開発可能か否かの点は、幾つかの専門分野にわたる問題であり、調査しようとすれば、調査委員会を作る等して、一定の時間を掛けて調査、検討しなければならないことであるところ、前示のとおり、本件では、京申住宅が早急な買収を要求し、買収しなければ、直ぐにでも本件古墳を破壊しかねない状態であったことから、被告が、調査、検討の不十分なまま、短期間で本件土地全体の買収を決断したこともやむをえないと認められ、少なくとも被告の右行為をもって裁量権の逸脱ないし濫用ということはできない。

二  議会に対する説明義務違反(争点2)について

1  原告らは、本件議決の際、被告は、本件土地の鑑定価格と公社が購入する価格の差などの本件委託契約に関する重要な事項につき市議会に説明しておらず、被告には説明義務違反があるから本件議決は無効であり、したがって、本件議決に基づく本件委託契約もまた無効であると主張する。

2  そこで、まず、地方公共団体の長の議会における説明義務の範囲について検討する。

地方自治法によれば、地方公共団体の長は、議長から説明のために出席を求められたときに初めて議場に出席する義務を負うとされ(地方自治法一二一条)、議会は、右の長に対して、説明の要求、意見の陳述を求めることができることとなっている(同法九九条)。

そうすると、右説明義務は、議会における議員の質問権を裏面から保障し、議員が、議会に提出された議案について合理的に判断を行うために必要な情報を提供することを目的としているのであって、右説明義務の範囲は、議員が、未だ把握していない事項のうち、議案を合理的に判断するのに必要な事項であり、かつ、議員がその情報の提供を求めているものをもって足りると解するのが相当である。

3  そこで、これを本件についてみるに、前提事実1(三)及び前記一1(三)認定の事実、証拠(乙三三、三四)によれば、本件議決が行われた城陽市臨時市議会が開かれる前に、被告は、議長、副議長及び市議会全会派の幹事から構成されている幹事会を招集していること、その幹事会で、被告は、本件交渉の経緯、本件土地の鑑定価格と公社が購入する価格の差、本件古墳部分を除いた本件土地の開発可能性などの本件委託契約に関する重要な事項につき報告していること、当日の城陽市臨時市議会では、各議員は、被告や教育長等に質問をしているが、質問の内容は、本件土地の買収価格の適正よりも本件土地購入後の土地利用方法、資金調達の方法及び他の埋蔵文化財の保護方法等が多く、本件土地の買収価格については深く追求していない事実が認められ、右認定事実に、右市議会に出席している議員は、幹事会に出席した幹事を通じて、幹事会で報告された本件委託契約に関する情報を把握していたものと推認されることを考え併せれば、右市議会に出席した議員は、幹事会で説明された本件委託契約に関する情報をもとに、五億四〇〇〇万円での本件土地買収はやむなしとの見解に立ち、関心の対象は、本件土地購入後の土地利用方法、資金調達の方法等に移っていたため、そのことに関する情報を収拾しようとしていたと推認するのが相当である。

そうすると、本件委託契約に関しては、既に議員は当該案件を判断するための情報を入手していたわけであり、右市議会の議場で、被告が本件土地買収価格の根拠等を説明しなかったからといって、被告が、議員の求めている議案の判断に必要な情報を提供しなかったことにはならないから、被告には、議会に対する説明義務違反はないことになる。

4  これに対して、原告らは、被告は、本件古墳部分を除く本件土地部分だけでも開発可能であるのに、故意にこのことを隠して、本件土地全部の買収がやむえない旨の説明をする等、真実に反する説明をしたものであって、このことが、議会に対する説明義務違反に当たり、本件議決の無効事由となると主張する。

しかし、前記のとおり、被告及び大野木は、買収交渉が急を要したため、本件土地の調査、検討に十分ではなく、本件古墳部分を除く本件土地部分の開発可能性等を把握していなかったと認められ、被告が、議員に対して故意に真実を隠していたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告は、自ら把握していた情報をもとに議員に対して説明を行ったものであるから、右3説示の事実に照らせば、右の点に関する説明が一部事実に反することから直ちに被告に右説明義務の違反があるとすることはできないし、仮に、右説明義務違反があるとしても、このことを理由に本件議決が無効であるとすることは到底できない。

したがって、原告らの右主張は理由がない。

第四  結論

以上のとおりであるから、本件各行為は適法であって、原告らの請求は理由がないから、これを棄却する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官中村隆次 裁判官遠藤浩太郎は、填補のため、署名、捺印することができない。裁判長裁判官松尾政行)

別紙〈省略〉

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